僕がシュリーマンになるまで(仮)

How I become a multilingual millionaire

雑感。

 年明けに「日本人への遺言」なるシリーズを書こうとして色々書き始めて、ある程度書いたところで嫌になって止めてしまった。神ならぬ身であり不完全な存在である以上、それが国であれ人であれ、必ず何らかの癖や弱みは存在する。その「無意識な癖」を日本語で指摘してみたところで、読者の共感を得られるとは限らないし、むしろ反発すらされかねない。まだ僕にはこれを書いて公開するのは早い。よってお蔵入りにすることにした。

 

 最近Facebookを通じて中学校の同窓会の案内が来た。GW中にやるらしいから日程的に参加が厳しい。大体、実家なんてあってないようなものだから、わざわざ新幹線で往復して数日ホテルに泊まるとしてもそれなりの出費だ。懐かしいとは思うけど、面倒でもあり出席はしない。

 

 考えてみれば今年で40歳である。常々、「何歳らしく」とか数字で考えたがる同胞を小馬鹿にしているくせに、自分もそれなりの感慨を抱いてしまうのは実に愚かしい。

 

 僕は人生のある時点から、自分の生涯はコイル状の円環ではなく、一直線の道だと考えるようにしている。そう思い込もうとしている。だからあまり、何歳だとか年相応とかそういうことは考えない。浮世のならわし、付き合いとして年末正月誕生日にはお付き合いするけど、本当は一切やらなくていいと思っている。

 常に気分は20歳の頃と変わらない(ように努めている)。だからいつまで経っても稚気が抜けないと家人に指摘されるのかもしれない。別にそれで構わない。

 

 とりとめもない話ばかりだけど、要は「自由に生きようぜ」ということで、時々それを見失いそうになるので改めてリマインドを込めて投稿。