僕がシュリーマンになるまで(仮)

How I become a multilingual millionaire

JMC最後の日々

 辞めることはもう伝えた。後に戻ることはない。

 9時に職場に出れば、もう10時前にはメール配りは終わる。10時を過ぎると同僚二人が出勤してくる。上司は長期出張で出ずっぱり。もうこんな日々が続くのもあとわずかだ。

 「会長」はもう僕が辞めることは知っているんだろうか。いや、知ってるはずだ。社長がこの件を会長に伝えてくると言って腰重そうに会長室に向かっていくのを見た。それから数日経つけど、その割に何のアクションもない。こちらから言いに行こうか?とも思うけど、わざわざ言いに行くのもどうかと思う。まあ、いつかどちらからかアクションが来るだろう。

 

 するとその日は意外と早く来た。ある日の朝、会長が出勤されて、すぐ国際部のドアが開いた。

「有馬さん、ちょっといいですか。」

ドアの間から、会長の顔が覗く。僕はあわてて会長室に行き、ソファに前傾姿勢で腰を下ろす。

「大泉から聞きましたが、やはり辞めるんですってね」

「はい、申し訳ないですが」

「いやいや、申し訳ないことはない。これは皆人生だから、食べていく手段を変えて行くのは当たり前のことだ。で、有馬さんは結局うちの会社に何年いたんですか?」

「2012年の7月に入社したので、ちょうど今月で満5年いたことになります」

「おお5年ね、決して短い時間じゃないね。・・・昔ソビエトで5カ年計画なんていうのがあったがね、ハッハッハ」

僕の好きな、会長の昔話がまた始まった。今時誰が5年間と聞いて5カ年計画を思い出すだろう…。

「あれですか、やっぱりシンガポールに戻るんですか」

「いえ、シンガポール自体は拠点の一つとして捉えていますが、出来れば東京とシンガポール、あと何か所か拠点を持ってグルグル回る生活を送りたいと思っています」

「なるほど。売るものは決まってるんですか?」

きたきたこの質問。

売れるものが最初から決まっているくらいなら誰も苦労しない。

「いえ、色々なものを扱いながら、例えばWみたいないい商材をいつかは見つけたいと考えています。」

「そうね。まあ東南アジアを色々回って商材を探すんだろうね。」

「そう考えてます。まあぼちぼちやっていく感じです」

すると会長は真面目な顔でこっちを向いた。

「有馬さん。やるからには成功させなさい。」

正直な所、僕はそれほど確信100%で退職を決行するわけでもないのだ。実に真っすぐな眼差しを前にして、思わず目が少し泳いでしまう。

「はあ、努力はしますが成功すればいいなとは思っています」

「いや大丈夫、成功しますよ。大丈夫!有馬さんはあれでしょう」

「はい?」

少し怪訝な顔で会長を見てしまった。

「あなたは明るい人だから大丈夫ですよ!必ず成功します。」

 

今、現段階で僕が彼と話したのはそれが最後だ。

その時、9月になればもう一回遊びにおいで、と会長は僕に言った。僕はそれをさほど大事な約束とも思わず、秋になれば一度会いに行けばいいやと思っていた。

そして11月。用事があって僕は会社の総務の人にメールを書いた。

「時に会長に一度ご挨拶に伺いたいのですが、まだ銀座にはおられるのでしょうか」

するとこんな返事が届いた。

「さて、V氏は、残念ながら9月XX日の臨時株主総会で取締役を解任されましたので、弊社の取締役やその他役職員の身分にはありませんので、弊社にはいらっしゃいません。」

 

いまだに、僕は彼とまた会う約束を果たしていない。